東京地方裁判所 昭和29年(ワ)127号 判決 1958年10月23日
原告 株式会社 高宮商店
被告 東京法務局長
訴訟代理人 家弓吉已 外二名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、原告の申立
「被告が原告に対し昭和二十九年九月十五日附でなした昭和二十九年登(異)第四号の決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める。
第二、被告の申立
主文第一項同旨の判決を求める。
第三、原告の主張
一、原告は昭和二十九年三月八日訴外玉木省吾に対する債権の執行を保全するため、同人所有(未登記)の別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)につき、東京地方裁判所に対し仮差押を申請し、同日不動産仮差押決定(同裁判所昭和二十九年(ヨ)第一八七〇号)をえたので、同月九日午後一時頃右仮差押執行のための登記嘱託書を東京法務局渋谷出張所に持参提出した。
二、ところがその後判明したところによると同出張所登記官吏は右同日右仮差押の登記嘱託書を受附けていながら、同年三月十一日受附をもつて所有者玉木省吾のため本件建物につき所有権保存登記をなした上、他の債権者のため総額五百万円の一番二番の根抵当権設定の登記をし、登記仮差押の登記嘱託は同月一五日に受附けたものとして第六二七〇号をもつて仮差押命令を登記簿に記入した。
三、そこで原告は右登記官吏の処分により債権保全の実効を期しえなくなつたので、被告に対し昭和二十九年八月十九日異議を申立てたところ被告は同年九月十五日附で右申立を棄却し右棄却の決定は同月十六日原告に到達した。
四、しかしながら本件嘱託登記は嘱託書が受附けられた前記昭和二十九年三月九日附をもつて仮差押命令を登記簿に記入すべきにもかかわらず同月十五日受附として登記簿に記入した前記登記官吏の処分は違法であり、右違法な登記官吏の処分を維持して原告の異議申立を棄却した被告の処分もまた違法である。よつて被告の右処分の取消を求めるため本訴に及んだ。
第四、被告の答弁及び主張
一、原告主張事実中、
第一項は認める。
第二項は、東京法務局渋谷出張所登記官吏が昭和二十九年三月九日仮差押の登記嘱託書を受附けたとの点を除き認める。
第三項は認める。
第四項は争う。
二、(一) 昭和二十九年三月九日午後一時頃原告代理人の事務員鎌田が本件登記嘱託書を東京法務局渋谷出張所に持参提出した。そこで当日同出張所、受附係の窓口にいた雇塚原義雄が右登記嘱託書を一見すると、同書面には課税標準価格及び登録税額の記載がなく、且つ所要印紙の貼用もなされていす登記嘱託書としての形態を整えていないことが明らかであつたので、同書類の持参者に注意を促し右持参者に右所要箇所の記入及び印紙の貼用をなさしめ、貼用印紙について消印を施し、いわゆる仮受附をし、そして右嘱託書は部内審査係に廻り審査の段階に移されたが、審査の結果によると右登記嘱託書記載の登記義務者の表示とその登記原因を証する仮差押決定正本記載の債務者の表示が符合しなかつた。そこで直に嘱託官庁である右裁判所に対し電話をもつて前示欠缺の箇所を指摘して意見を求めたこころ応答の職員から「とに角訂正するから書類を返送されたい」との要請を受けた。この応答によりさきに消印を施した貼用印紙に未使用証明を附記した当該嘱託書の返送手配をしたのであるが、書留郵便物の取扱時限が午後四時と定められていて当日までに同時刻を経過して発送することができなかつたので、翌日三月十日郵便局の執務開始を待ち書留郵便に付して嘱託官庁あて返送した。そこで嘱託官庁である裁判所は三月十五日右嘱託書の欠缺の箇所を訂正し、再び該登記所に提出したのである。
(二) 従来各登記所の永年の取扱としては、登記の申請があつた場合登記官吏は先ずその申請について審査し、その上で受付手続をなす慣行であつた。すなわち一応形式的に備つた申請書類が提出されるとその提出の前後を保持し、その順序に従つて登記を受理するか或いは却下するかのいずれかの処分をなすための審査手続に入り、不動産登記法第四十七条第一項の正式受附にいたる間の予備的段階を一般に仮受附の段階と称し(したがつてこの段階では正式の受付帳には受付したことを記入しない)、この仮受付の制度は全国の各登記所で永年行われ、本件登記の嘱託がなされた当時東京法務局渋谷出張所においても行われていたのである。右仮受附が登記所において永年慣行的に行われてきた理由は、登記所において直接正式の受理がなされれば、申請書に何らかの瑕疵があれば、即日補正されない限り登記官吏においてその申請を却下するか或いは申請人及び代理人(嘱託官庁を含む)においてこれを任意取下るか何らかの処置を構じなければならず、もし却下の場合には申請書類の一部分(例えば登記原因を証する書面及び登記済証等)しか還付されない場合が生じ、そのため申請書に貼付した印紙も返還されないこともあつたりして、申請人に不利益な結果が生ずるおそれがあつた。そこで登記所の慣行としては仮受附制度により、できるだけ申請人の不利益を避けその便宜をはかるため正式受附をなす前に登記官吏は先ず申請書の内容を審査し、不適法な個所があれば申請書類を申請人又はその代理人(嘱託官庁を含む)に返戻していたものである。
勿論右返戻行為は登記官吏が一方的にできるものではなく、必ず申請の受附の手続をする前に限られているのであつて申請人又はその代理人(嘱託官庁を含む)の同意があつて、初めてなされる行為であり、申請人等がこれを拒めば登記官吏は申請書を受理しなければならず、不適法なものであれば即日補正されない限りこれを却下し又は申請人による取下がなされるべきもので、この返戻は登記官吏の内部的な意志決定(申請が不適法なりとする)に対し、申請人(嘱託官庁を含む)が合意の上で登記申請を撤回しその申請のなかつた状態におく事実行為であつて即日補正をなさない限り、申請書類が返戻されると申請の効果は消減するのである。したがつて、申請人がその後申請書を補正して提出すればそのときに新たな申請があつたものとして受理されるのである。
(三) そこで本件の場合について考察すれば、登記嘱託書を昭和二十九年三月九日原告代理人の事務員鎌田か、東京法務局渋谷出張所に提出した行為は嘱託官庁たる東京地方裁判所民事第九部の単なる使者としての行為であり、登記所において、右嘱託書が不適法なることを仮受附の段階で発見したので早速同裁判所に対し事情を説明し同裁判所の同意をえた上返戻したものであり右返戻によつて同日の裁判所の登記嘱託は撤回され結局嘱託のなかつた状態におかれたものである。そして同月十五日同裁判所より改めて適法な登記嘱託がなされたので、同出張所は同日これを受理して登記したものである。
右のとおり昭和二十九年三月九日の裁判所からの登記嘱託は単に仮受付の段階にあつたものにすぎず未だ不動産登記法第四十七条の手続はなされていなかつたものであるばかりでなく、正式受理前において嘱託官庁たる裁判所より右登記嘱託は撤回されたものである。
仮りに本件登記嘱託が昭和二十九年三月九日登記所において正武に受付けられたものとしても、前記渋谷出張所において右登記嘱託を却下する前に予め嘱託官庁たる裁判所に嘱託登記の欠缺を告げたところ同裁判所より返戻されたき旨の申出があつたもので、これによつて同日の登記嘱託は嘱託官庁たる裁判所により取下げられたものである。
(四) よつて本件登記嘱託を昭和二十九年三月十五日受付として登記簿に記入した登記官吏の行為は適法であり、被告がなした本件決定は何ら違法の点はないから原告の請求は棄却さるべきである。
第五、被告の主張に対する原告の主張
一、被告主張事実中、
第一項は、被告主張の日時原告代理人の事務員鎌田が本件登記嘱託書を東京法務局渋谷出張所に持参提出したこと、同人が登記嘱託書の記載洩れ部分を記入し所要印紙の貼用をなしたこと。右印紙の消印がなされたこと。右登記嘱託書記載の登記義務者の表示と仮差押決定正本記載の債務者の表示とが一致していなかつたこと、三月十日登記所において貼用印紙に未使用証明を附記した嘱託書を裁判所に返送し、同月十五日裁判所が嘱託書の欠缺の箇所を補正して登記所に提出したことは認めるがその余の事実は不知である。
第二、第三項は争う。
二、仮受附の制度は何ら法律上根拠を有しないものであるが、本件当時東京法務局渋谷出張所では行はれていなかつた。
ところで登記の申請があり、形式的な瑕疵があつた場合は即日補正を命ずべきで右命令に応せずまた即日補正のできない場合は却下すべきであるが、嘱託による登記の場合には登記要件に不備があつても申請による登記の場合に比較して事務手続上即日補正できないこともあるのでかかる場合は後日補正がなされたときは即日補正に準じて最初嘱託書を受取つた日をもつて受付があつたものとして登記をなすべきである。
第六、証拠<省略>
理由
一、原告が昭和二十九年三月八日訴外玉木省吾に対する債権の執行を保全するため同人所有(未登記)の本件建物につき東京地方裁判所に対し仮差押を申請し、同日不動産仮差押決定(同裁判所昭和二十九年(ヨ)第一八七〇号)をえて同月九日午後一時頃原告代理人の事務員鎌田が右仮差押執行のための登記嘱託書を東京法務局渋谷出張所(以下本件登記所という)に持参提出したところ、同出張所登記官吏は同月十一日受附で所有者玉木省吾のため本件建物につき所有権保存登記をなした上他の債権者のため総額五百万円の一、二番の根抵当権設定登記をなし、前記仮差押の登記嘱託は同月十五日受附をもつて仮差押の命令を登記簿に記入したこと及び原告は右登記官吏の処分を不服として被告に対し昭和二十九年八月十九日異議の申立をしたところ被告は同年九月十五日附で右申立を棄却し、右決定は同月十六日原告に到達したことは当事者間に争がない。
二、そこで先ず前記仮差押の登記嘱託につき渋谷出張所登記官吏のなした処分が正当かどうかについて判断する。
(一) 本件登記嘱託書が昭和二十九年三月九日本件登記所に提出されてから同登記所及び嘱託官庁である東京地方裁判所のとつた措置の大要は次のとおりである。
すなわち、成立につき争のない甲第三、第四号証及び証人塚原義雄同鎌田寛二の各証言によると昭和二十九年三月九日午後一時頃本件登記嘱託書が本件登記所に提出されると当日受附係の窓口にいた雇塚原義雄はこれを受取り、同日附の日附印及びその横にいわゆる「でか判」を押し、次いで同嘱託書に課税標準価格及び登録税額の記載がなく、所要印紙も貼用されていなかつたので嘱託書の持参者である鎌田に所要箇所を記入させ、印紙を貼用させた上、印紙に消印を施した(嘱託書に記載洩れがあり、鎌田が所要事項を記載し、印紙を貼用し、印紙の消印がなされたことは当事者間に争がない)。そして嘱託書類は調査係に廻されたが、同日午後三時受附の事務が締切られた後、塚原が調査係の手伝として右嘱託書を調査したところ、嘱託書記載の登記義務者の表示と仮差押決定正本記載の債務者の表示が符合していないことを発見したので(右記載が符合していなかつたことは当事者間に争がない)。同日午後三時半頃東京地方裁判所にそのことを連絡したところ、同裁判所から右嘱託書を返送してほしいと依頼を受けたことが認められる。そして本件登記所では消し印を施した右嘱託書の貼用印紙に未使用証明を付記して三月十日嘱託書を東京地方裁判所に送付し、同裁判所は三月十五日嘱託書の前記瑕疵を訂正し本件登記所に提出したことは当事者間に争がない。
(二) 被告は先ず三月九日になされた登記の嘱託はまだ仮受附の段階にあつたものであり、しかも同日の右嘱託は右段階において嘱託官庁である東京地方裁判所により撤回されたものであると主張する。
(1) 不動産登記法(以下法という)第四十七条第一項は登記官吏が申請書を受取つたときは所要事項を受附帳に記載することを要するものとし、また同法施行細則第四十七条は登記官吏は申請書を受取つたときは遅滞なく申請に関する総ての事項を調査すべきものと定めているのであるが、証人平井実、同塚原義雄、同山田光郎の各証言によれば従来登記所においては登記の申請書又は嘱託書が提出されると法第四十七条第一項所定の受附帳への記載をしないで先ず書類に日附印といわゆる「でか判」を押して一応書類の提出順位を定めた上で登記要件の調査に入つており、これを仮受附の段階と称し、右調査の結果欠缺がなければそこで始めて受附帳に所要事項を記載しこれを本受附と呼んでこのとき法第四十七条第一項の受附があつたと解していたが、もし右調査の結果申請又は嘱託に欠缺があるとこれを申請人又は嘱託官庁に連絡し、即日補正がなさればそのままいわゆる本受附をするが、即日補正ができない場合には消印した印紙に未使用証明を附記し、返戻と称して申請人又は嘱託官庁に書類を返還し、申請人又は嘱託官庁が欠缺を補正して再び申請書又は嘱託書が登記所に提出されたとき改めてこれをいわゆる仮受附し、調査の結果欠缺がなければここでいわゆる本受附をする取扱であり、右のような慣行は仮受附の制度と呼ばれて、昭和二十九年九月十六日法務省民事局長通達が出るまでこれらの各登記所において行われていたもので、本件当時渋谷出張所においても行われ、本件登記嘱託も右仮受附の慣行の下に処理されたものであることが認められ右認定を左右するに足る証拠はない。
(2) しかしながら不動産登記法上登記は受附番号順になさるべきものであり、登記の申請に欠缺のあつた場合においても即日補正がなされたときは適法な申請があつた場合と同様に登記がなされなければならないから、少なくとも申請に関する事項の調査前に申請の適否にかかわらず受附の効果が発生し、受附番号が定つていなければならないし、登記の順位は利害関係人にとつて極めて重要な意義を有するから受附の効果はなるべく早期にまた登記官吏の意思に左右されることなく客観的に定まることが望ましく、この点から考えると不動産登記法上受附の効果は登記官吏が申請書を受取ることによつて発生し、受附帳への所要事項の記載の有無によつてその効果の発生は左右されないと解すべきである。
けだし所要事項の受附帳への記載は登記官吏が受附の効果を確認し、その証拠を保全する手続にすぎないと解するのが相当であるからである。
そして受附の効果を保全する手続も重要な意義を有するから所要事項の受附帳への記載は受附後申請に関する事項の調査に先立つて直に行われるべきものと解するのが相当である。
(3) そうすると前記仮受附の制度は先ず少くとも受附以前に申請に関する事項の調査を行い、所要事項を受附帳に記載したとき受附の効果が発生するという建前をとる点において法に違反する手続であるといわなければならない(もつとも以上のような建前が正当でないというのであつて右制度の下に行われた事実を不動産登記法上どのように評価するかはまた別問題である。)
もつとも仮受附の制度は前記認定のように永らく登記所において慣行的に行われていたものであり、貼用した印紙を未使用のものとして簡易に返還を受けることができる点に便宜を有していたことは否定できないけれども、受附後でも申請の取下によつて同様の効果をおさめることは可能であるし、なによりも受附前に仮受附の段階を設けることは登記申請の受附順位を曖昧にし法によつて認められた受附順位の保障を危くするおそれがあるから(もつとも仮受附の場合でも一応提出順位の保全が行われたことは前記認定のとおりであるが、それは法の受附番号ではないから法の保障を受けない事実上のものにすぎないと解せられる)、これを認めることは許されないというべきである。
(4) してみると昭和二十九年三月九日本件嘱託書が本件登記所に提出された際、受附係の窓口にいた雇塚原義雄がこれを受取つたことは前記認定のとおりであり、右塚原は同登記所の登記官吏の補助機関として申請書又は嘱託書の受領権を有していたと解すべきものであるから、不動産登記法上は同人が右嘱託書を受取ることによつて、右登記嘱託の受附があつたものといわなければならない。
(5) そうすると昭和二十九年三月九日の登記嘱託がまだ仮受附の段階(受附前)であつたことを前提とする被告の主張はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。
(三) 次に被告は仮に昭和二十九年三月九日の登記嘱託が受附られたものとしても嘱託官庁たる東京地方裁判所によつて取下られたものであると主張する。
(1) 昭和二十九年三月九日の登記嘱託につき本件登記所が仮受附の制度を前提として右嘱託書を調査したところ、嘱託書記載の登記義務者の表示と仮差押決定正本記載の当事者の表示が一致していなかつたので嘱託官庁たる東京地方裁判所に連絡したところ、返送されたいとの依頼をうけたので嘱託書に貼用され消印された印紙に未使用証明を附記していわゆる返戻の手続をとつたことは前記認定のとおりである。
(2) そこで仮受附制度の下において行われた返戻の性質について検討してみると、右慣行の下における一般的な取扱としては前記認定のように申請又は嘱託につき欠缺があり即日補正ができないときは申請人又は嘱託官庁に対し申請書又は嘱託書が返還され、その瑕疵を、補正して再び登記所に提出されたとき新な申請又は嘱託があつたものとして取扱われていたというのである。したがつて仮受附の制度の下においても返戻は新な申請又は嘱託をなすために、先になした申請又は嘱託を撤回する行為であつたと解するのが相当である。
(3) ところで受附前にいわゆる仮受附の段階を認めることが許されないものであり、登記官吏が申請書(又は嘱託書)を受取つたときは受附の効果が発生することは前期説示により明らかなところであるから、仮受附制度の下に返戻はその行為を不動産登記法の正当な手続から考えると特段の事情がないかぎり受附後の申請(又は嘱託)の撤回(取下)と解するのが相当である。もつとも申請(又は嘱託)の撤回(取下)については不動産登記法上明文の規定はないが受附後登記簿に記入がなされるまでの間はこれをなしうると解するのが相当であり、その方式としては登記の申請(又は嘱託)が書面をもつてなされる関係上その撤回(取下)も書面をもつてなされることが望ましいが、登記所に対し申請(又は嘱託)の撤回(取下)の意思表示が明確に示されれば必ずしも書面によることを要しないものと解するのが相当である。
(4) よつて本件についてこれをみると本件登記嘱託は前記認定のように仮差押の執行としてなされたものであるから、仮差押決定を発した東京地方裁判所が執行裁判所として職権をもつてなした執行行為と解すべきであつて(もつとも本件嘱託書は昭和二十九年三月九日原告代理人の事務員鎌田が本件登記所に持参したものであることは当事者間に争がないが同人は嘱託官庁たる東京地方裁判所の単なる使者と解すべきもので同人が嘱託書を持参したことによつて執行行為としての嘱託の性質が変るいわれはない)、右嘱託の撤回(取下)をなす権限を有するのも右執行裁判所たる東京地方裁判所であると解すべきである。ところで昭和二十九年三月九日本件登記所において受附の締切後右嘱託書を調査した結果本件登記嘱託の欠缺を発見し、翌十日いわゆる返戻の手続をとつたことは前記認定のとおりであるが、返戻の手続をとるに先立つて本件登記所から東京地方裁判所に右欠缺のあることを連絡したところ、同裁判所から右嘱託書を返戻されたいとの依頼があつたことも前記認定のとおりであるから、これにより東京地方裁判所が本件登記嘱託についてその撤回をなす旨の意思も本件登記所に明確に示されていたというべきであり、昭和二十九年三月九日の本件登記嘱託は嘱託の取下の権限ある東京地方裁判所により取下られたものというべきである。
(四) してみると昭和二十九年三月十五日前記嘱託書の瑕疵が訂正され再び本件登記所に提出されて登記官吏がこれを受取つたことは当事者間に争がないから、本件仮差押の登記嘱託は同日受附られたものというべきである。
もつとも原告は登記の嘱託の場合は、申請による登記に比較して、嘱託に欠缺があつた場合即日補正が困難であるからその欠缺を補正して再び提出されたときは最初の受附のときに遡及して受附があつたものとして処理さるべきであると主張する。
なるほど官庁による登記嘱託の場合においてはその事務手続に日数がかかるため原告主張のように即日補正ができない場合が多いことは容易に予想されるところである。しかしながら不動産登記法上申請による登記の場合においてもいかに即日補正が困難であり、または全然不可能の場合であつても、即日補正ができなければ、申請人が任意にこれを取下るか或いは申請が却下されるかのいずれかの措置がとられざるをえないのであつて再び申請があつたとき改めて受附られ登記がなされるのであり嘱託による登記の場合においてだけ右と異別に解すべき根拠はないばかりでなく、本件においては即日補正ができず一旦東京地方裁判所によつて登記嘱託の取下があつたものであることは前記認定のとおりであるから、三月十五日新な登記嘱託があり同日受附られたものと解すべきことはいうまでもないところであつて原告の右主張は理由がない。
(証人鎌田寛二の証言によると鎌田が本件嘱託書を提出して前記認定のように必要事項の記載をなし印紙を貼用してから後他に補正すべき個所がないかを確めたところ塚原から大丈夫だといわれ、登記済の嘱託書を取りに来る時間まで尋ねたこと、以上の次第で鎌田は三月十四日頃東京地方裁判所から申請書の訂正方で呼出を受けるまで九日の嘱託書に不備のあることを気附かずにいたものであることを認めることができるので本件登記の受附の日附がおくれたことについて原告側に気の毒な事情の存することは認められるが右事情が存するからといつて受附の日時についての前記認定を左右することはできない。)
したがつて昭和二十九年三月十五日附で仮差押の命令を登記簿に記入した本件登記所登記官吏の処分は正当である。
三、そうすると右登記官吏の処分を不当として被告に対し申立てられた異議を理由なしとして棄却した被告の決定は何ら違法ではないというべきであるから、原告の本訴請求は理由がない。よつてこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石田哲一 地京武人 越山安久)
物件目録<省略>